同級生の死を迎えて
お釈迦さんの無常観
『四馬の譬喩』(しばのひゆ)という喩え話しを説かれています
1、鞭影を見て驚く馬・・・・・落花や火葬場の煙を眺めてやがて我が身にもふりかかる死に驚く
2、鞭、毛に触れて驚く馬・・・葬式の行列や霊柩車を見て我が身の死に驚く
3、鞭、肉にあたって驚く馬・・隣家の葬式や眼前の無常に会い死に驚く
4、鞭、骨にこたえて驚く馬・・身内を失って自分の一大事に驚く
お釈迦さんはお弟子さんたちに、「自分はどの馬ほど死に対して感じているものか」と問われました
皆さんはどの馬ほど死に対して感じられていますか?
1番の馬ほど切実に自分の死を見つめたことはないなあ!
でも4番の馬ほど鈍くもないし、身内の死にはさすがに自分の死を見つめるものだと!
お弟子さんも同じようなことを答えられました
お釈迦さんは「4番の馬ほども自分の死を感じないのが人間なんだ」と
私たちの周りには、どれほど多くの死があるか 恐ろしいことです
しかし、真剣にそうだなと思わない心がもっと恐ろしいことなんだとお釈迦さんは説かれています
今現在、新型コロナウイルス感染症がはびこっています
自分は感染するかもしれないと思っておられる方はどのくらいでしょうか
自分は感染しないだろうと思っておられる方が大半ではないでしょうか
他人事としてではなく、自分事として何事も考えることができるようになることを目指したいです
同級生の葬式に参列して、お釈迦さんの教えを思い出しているところです
私たちの周りにはいかに多くの白骨が散らばっていることか
しかし、麻痺しきっている根性は全く驚く気配すらないのはどうしたものか!
蓮如上人は、『後生の一大事』として御文章に何度も説かれています