後生の一大事
『仏説譬喩経』(ぶっせつひゆきょう)
お釈迦さんが説かれたお経にこのようなことが説かれれています
「ぼうぼうと草の生い茂った広々とした果てしのない荒野
凩の吹きまくっている淋しい秋の夕暮れ独りとぼとぼと歩いていく一人の旅人うす暗い野道に点々と散らばっている白いもの発見それはなんと人間の白骨ではないか! →白骨を発見して驚いた➡他人の死を見聞きした時の感動どうしてこんなところにしかも多くの白骨があるのか不気味に不審をいだいて考えていた、前方の闇の中から異様な唸り声と足音を聞いた彼方から飢えに狂った大虎が自分めがけて突進してきた → 虎 ➡ 無常
瞬時に白骨の意味を理解した 自分も同じ立場にいるのだ無我夢中で今来た道へと突っ走った猛虎の吐くあの恐ろしい鼻息を身近に感じて、もう駄目だと思った時どう道に迷ったのか断崖絶壁の頂上でゆきづまってしまった途方に暮れた旅人は幸いにも断崖に一本の樹が生えていてその樹の根から一本の藤蔓(ふじつる)が垂れ下がっているのに気が付いた言うまでもなくその藤蔓を伝ってズルズルと下りた → 藤蔓 ➡ 人間の寿命
九死に一生を得た旅人はホッとして頭上を仰ぐと猛虎はすでに断崖の上に立ちせっかくの獲物を逃したのでいかにも無念そうな面持ちで吠えながらジーっと見下げているではないかやれやれこの藤蔓のおかげで助かったひとまずは安心と目を足下に転じた時足下は底知れない深海(➡地獄)の怒涛が絶壁を洗っているではないか、その波間から三匹の毒龍(➡三毒の煩悩)が大きな口を開け自分が落ちるのを待ち受けている旅人はあまりの恐ろしさに再び藤蔓を握りしめて身震いした、しかし旅人は空腹を感じて周囲に食を求めて眺めまわした、その時、旅人は今までよりもっと驚くべきことを発見したのである。藤蔓の元の方に白と黒(➡昼と夜)の二匹のネズミが現れ交互に旅人の命綱を噛んでいるではないか、旅人の顔は青ざめ歯はガタガタと震えて止まらない、だがそれも続かなかった
樹に巣を作っていたミツバチが甘い五つの蜜(➡五欲)の滴りを旅人の口に落としたからである、旅人は今までの恐ろしさを忘れて蜂蜜に心を奪われてしまった」とこの話を聞いたお弟子さんはお釈迦さんに
お弟子さん:「このような状況下でこの旅人はなんとおぞましいことか」
お釈迦さん:「この旅人こそお前たち人間の姿である」
「すべて他人事として捉え、自分事として思えないのが人間であることに気が付いてほしい」
親鸞聖人は、人間のことを『凡夫』と言われ、自身のことも『愚禿親鸞』と言われました。
この話は何度となく聞きましたが、旅人と一緒である自分に気が付かされます
その解決のためにまたお説教を聞きます。